サイエンスねたコーナー(仮称)

発電技術特集  第1回  常温核融合ほぼ11周年記念

中村隆生



  今月から不定期で、サイエンスねたをお届けします。とりあえず何回かに分け

て集中して、生活に密着した「発電技術」を取り上げていこうと思います。物理

は専門じゃないのでそんなに分かりやすくは説明できないかも知れませんが、自

分の興味ある分野なのでやらせて下さい。



常温核融合フィーバー

  1989年3月末、ユタ大学のフライシュマンとポンズ(*1)が「室温で電解核融合

に成功」と発表し、その翌日にはブリガムヤング大学のジョーンズが同様の発表

を行ったところ、世界中が大騒ぎ、という事件がありました。それまで核融合と

言えば、超高温で燃料をプラズマ(*2)状にして臨界(*3)まで持っていくという、

技術的に高度で装置も大がかりになるものなだけに、「試験管の中で核融合がで

きる」ということで、世界中の学者が追試を行いました。核物理の理論はしっか

り構築されたものなので、最初から「そんなことがあるわけない」と批判的な目

で見る専門家もいましたが、大方は「なにか新しい現象が起きているのかも知れ

ない」という期待を持って追試にあたっていたわけです。

  卑近な話で恐縮ですが、個人的に私は原発反対派なので、「これで原発の代替

エネルギーが確保できる」とわくわくしていたものです。けれども残念ながら、

時間を追うごとに「やっぱり核融合は起きていないんじゃないか」というところ

に落ち着いていきました。

  実験装置は本当に簡単なもので、要するに電気分解なのですが、中学校の授業

でやるものとは構成が微妙に異なります。水ではなく重水(*4)を使い、電極にも

パラジウムと白金(*5)を使います。で、このパラジウムがみそです。パラジウム

だけではなくて、ウランとかチタンとかもそうですが、これらの金属は水素をど

んどん吸い込むという性質を持っています(こういう金属を「水素吸蔵合金」と

言います)。金属によっては、液体水素よりも高い密度で水素を吸い込むことも

できるので驚きです。こういった合金は、燃料電池の燃料運搬手段としての機能

が期待されているわけですが、燃料電池については回を改めて書きます。

  具体的な装置ですが、まず試験管の中に重水を入れます。次に電極をひたすの

ですが、陰極(マイナス)にパラジウムを、陽極(プラス)に白金をつないで電

気を流します。そうすると、パラジウムの中に重水素がどんどん吸い込まれてい

きます。そして、ある一定の時間が経過したところで核融合が始まるという話だ

った訳です。パラジウムに重水素がぎゅうぎゅう詰めに入っている訳なので、こ

の状態からなんらかの新しい形で核融合ができるのではないかと期待されたので

すが、追試をやってみると「そんなにでっかい反応なんか起こらないじゃん」と

いう結論になったのです。追試成功と発表されたケースについても、詳細に検討

してみると、バックグラウンド(*6)への配慮が足りないのではないかとかいう、

計測に関する問題点が指摘されました。

  なぜこんなことになったか。それは、ユタ大学のグループ(フライシュマンと

ポンズ)が、実験の詳細なデータを秘密にしたからです。学者にあるまじきこと

ですが、もし実用化されれば莫大な利益を手にできるかも知れなかったわけで、

特許が認可されるまでは自分たちの秘密を守っておきたかったのかも知れません。

しかしその結果、追試が一種の宝探しのような状態になってしまったのです。す

でに、多くの科学者達は、実際に核融合が起きたとは考えていませんが、細々と

研究を続けているグループもあるようですから、「もしかしたら」何か出てきて

ドびっくり、ということも否定できません。



じゃあ、高温核融合は?

  常温(低温)核融合がだめなら、どうやって核融合すれば良いかということに

興味が移りますが、その前に基本をおさらいしておきたいと思います。

  現在の原子力発電というのは、基本的に核分裂発電です。原子は原子核と電子

でできているわけですが、さらに原子核は中性子と陽子でできている、というの

はみなさん学校で習ったと思います。その中性子と陽子を結びつけている力が

「核力」です。

  核分裂は、ウランみたいな大きい原子が分裂した時にエネルギーを生む現象で

すが、核融合はその逆で、水素みたいな小さい原子がくっついた時にエネルギー

を生む現象です。どっちも、核力という結合エネルギーの「差」が外部に放出さ

れる、という点では同じことです。これが原子核エネルギーです。

  太陽みたいな星(恒星)は核融合しまくっているので暖かかったりする訳です

が、地上では、核分裂は原子爆弾(原爆)、核融合は水素爆弾(水爆)として達

成されました。平和利用の方ではさっきちょろっと書いたように、核分裂が原子

力発電所(原発)として我々に電気エネルギーを安定供給してくれたり、時々ち

ょっとヤバいものが洩れたりしている訳ですが、核融合炉というのはまだ実用化

されていません。

  ここで残念ながら締め切りのお時間でございます。次回(たぶん来月)は、核

融合と核分裂による発電のことを書いてみたいと思います。その後は直接発電技

術について書いて、最後に燃料電池で締めたい、という構想です。



脚注

(*1)ポンズ:ポンスとも。綴りは"Pons"。

(*2)プラズマ:ここでいうプラズマは、原子が電離して正電荷のイオンと負電荷

の電子が集まる、電気的に中性の状態のこと。

(*3)臨界:物質がほっといてもエネルギーを解放し続ける状態になること。また

は反応がずっと連鎖すること。だから、原発の運転中はいつも臨界。逆に、エネ

ルギーを解放しちゃいけないところで解放し続ける状態になってしまったのが、

JCO 再処理施設の臨界事故。

(*4)重水:普通の水の水素が重水素に置き換わったもの。重水素というのは、水

素の同位体で、水素に比べて中性子が1個多いもの。自然の水にもほんの少し重

水が含まれてます。純粋な重水を飲むと、たぶん死にます(魚が死ぬんだから、

人間も死ぬと思われる)。

(*5)白金:プラチナ(Pt)。坂本真綾(←それは違う)。

(*6)バックグラウンド:ある値を計るときに差し引いて考えなければならない、

定常的な値って感じ。たとえば中性子を計る時は、(宇宙から)部屋の中に自然

に飛び込んでくる中性子を差し引いて考えなければならないが、この飛び込んで

くる中性子がバックグラウンド。


(EOF)